橿原市

 四辻の角でひときわ目を引く河合家は、江戸時代の初期、上品寺村から移住し、古くから「上品寺屋」の屋号で酒造業を営んでいます。18世紀中頃に建てられた2階建町家で、2階に座敷等があり、豪商の片鱗がうかがえる建物です。

地図
歴史と暮らしが調和する
 近鉄・八木西口駅の南側に、歴史と暮らしが美しく調和する町・橿原市の「今井町」があります。東に足を伸ばすと神武天皇陵や畝傍山、橿原神宮がすぐ近くです。
 今井町は、左のイラストマップで分かるように、中世の頃からの環濠集落(周囲に濠を巡らせた村落)のひとつで、現在もこの旧濠内に600軒余の民家があり、その大半(500軒余)が伝統を残す町家、うち8軒が国の重要文化財、2軒が県の文化財に指定されています。 今井の町並みの特徴は、単に貴重な民家が多いというだけでなく、最盛期(16世紀後半)の町割り(区画)が、旧環濠内という平面的な広がりをもって残されているところにあります。これは比較的安定した主屋棟が町筋に面し、別棟や庭など生活に密着して変化の多い施設が敷地の内側にあるという基本構造をもっているからです。
 また、一階の軒の高さや立面の意匠等、景観を左右する要因が各時代を通じてほぼ統一されており、これは、ここに住む人たちのつながりの強さによって受け継がれてきたものといえましょう。

重要文化財・旧米谷家

重要文化財・今西家

古くは、材木商「西の木屋」牧村家の所有で、幕末には大名貸しを行い藩の蔵元等をつとめていた豪商です。建物は寛文2年(1662)に建設されたもので、今西家住宅と並び、今井町における上層町家の代表といえましょう。

重要文化財・豊田家

重要文化財・河合家

町並みのほぼ中央に、称念寺という寺院があります。今井町は、この寺の境内地に発達した寺内町でもあります。
 本堂は近世初頭に再建されたもので、外回りに角柱をならべた大規模真宗寺院の特徴をよく表した建物で、屋根は大きな入母屋造で、付属建物も数多く存在し、明治10年、天皇畝傍行幸のとき行在所となっています。
 このほか町内には西光寺などいくつものお寺があります。

この美しい歴史的町並みは、訪れる人たちにとっては観光のスポットですが、ここに住む人たちにとっては生活の場であるわけです。
 道路が狭いので、車も軽自動車がやっと通れるほど、生活にはいろいろとご苦労がありそうですが、住民の方々は伝統の町並みを守るため、皆さんが協調されている様子が、散策していてもよく伝わってきます。

町並み
 さまざま

白壁が剥がれ落ちたこの古い民家には「ペットサロン・eve」の看板がかけられていました。

町並みは、それぞれの町筋によって変化があり、また民家の意匠などにもそれぞれの特徴があって、散策していても見飽きることはありません。

 今井まちなみ交流センター「華甍」で、町並み散策についてなんも案内してくれます。私が訪ねたときは月曜日で、あいにくの定休日でした。
 建物は、明治36年に建設された博物館で、昭和4年から約30年間は今井町役場として使用されていたということです。

このほかにも、文化財的価値の高い白壁造りの豪華な町家が並び、裕福だった往時の風情を伝えています。

 「米忠」の屋号をもち、広く金物商を営んでいた18世紀中頃の建物で、後に、内蔵や蔵前座敷を増築されています。主屋は他家と異なり、農家風のイメージが強く、現在建物は橿原市の管理になっています。

今西家は、惣年寄の筆頭で、領主・代官の町方支配の一翼を担い、自治権をゆだねられていた由緒ある家柄。
 その役柄に相応しい八棟造りの建物で、棟札には慶安3年3月22日(1650)の年代が記され、民家というよりも城郭を思わせる構造で、わが国の民家建築史上貴重な建物だといわれています。

今井の町並み散策